ツアー最長22年339日の苦闘 内藤寛太郎が男泣き「諦めないで続けてきて良かった」
◇国内男子◇ANAオープン 最終日(20日)◇札幌GC輪厚コース(北海道)◇7066yd(パー72)◇晴れ(観衆2692人)
長く、苦しかった道のり。44歳123日にしてやっとたどり着いた景色を、仲間たちが盛大に祝ってくれた。ツアー初優勝を決めた内藤寛太郎に、バケツ3杯の祝福のウォーターシャワーを浴びせられた。アマチュア時代を含めた2003年のツアーデビューから22年339日は史上最長。「今まで本当に苦しかったけど、諦めないでゴルフを続けてきて良かった」と男泣きした。
強い、勝ち方だった。3打差首位から初めての最終日最終組。2番でピン直撃の第2打を放ち、バーディを先行した。圧巻はパー5の5番。グリーン右サイドの深いラフから、60度のウェッジで近いサイドのピンを狙ったアプローチはボールの下をくぐり、わずか3yd先のラフへ。動揺してもおかしくない場面。それでも間を置かずにアドレスに入り、今度は約6ydをカップに沈めるチップインバーディにしてみせた。6アンダー「66」と影も踏ませぬゴルフで、1994年の尾崎将司、2024年の岩崎亜久竜が記録した大会レコードを5打も更新する通算25アンダーで勝ち切った。
福島県郡山市出身。祖父は最初「寛太郎(かんたろう)」と命名しようとしたが、父・寛(ひろし)さんが「ひろたろう」とした。子ども時代はサッカー少年。しかし、けがでボールを蹴れない時期が続いたことで14歳から父に勧められたゴルフを始めた。ゴルフの強豪・東北福祉大に進んだが、決してエリートではない。レギュラーとして試合に出たのは3年時の一度だけ。大学卒業後は10カ月で研修生を辞め、23歳から3年間は地元の「ゴルフショップエーコー」で店員をしながら練習を続けた。
2006年にプロ転向し、翌2007年からツアーに参戦した。ここまでの20年間で下部3勝を挙げているものの、レギュラーツアーでは優勝はおろか、シードを獲得できたのも2020-21年シーズンだけだった。「このまま終わっちゃうのかな…」。そう思ったことは一度ではない。それでも諦めなかったのは、「優勝しないまま終わりたくない」という意地だった。20年からはツアー通算19勝を誇る谷原秀人と練習するようになったことを転機に挙げる。「傍で見て、技術面もメンタル面も成長できたのかな」と胸を張った。
長い間、日本ツアー(JGTO)で優勝者を輩出していない8県のひとつだった福島県勢にとって初優勝にもなった。2023年からは毎年夏に、地元でジュニア向けのイベントを開催する。ゴルフに出会うきっかけをつくり、故郷での競技普及の一助になればと願ってきた。一方で、複雑な思いも抱いていた。「イベントをやっているのに、僕が試合に出られなくなったら…」。いつも控えめな口調でインタビューに答える内藤が、この時ばかりは笑顔で言った。「良い報告をできる。これで福島が盛り上がってくれたらいいな」
「つらいことばかりだった」というここまでのプロ人生。それを表すかのように、本大会でも第3ラウンドのスタート前の練習中にぎっくり腰を発症し、最終ラウンドも痛み止めを飲みながらのプレーだった。それでもやはり諦めずに戦い続けた44歳に、ようやく歓喜のときが訪れた。「たくさんの人に支えられて、ゴルフさせてもらった。結果で恩返しできたかな」。言葉に実感が込もった。(北海道北広島市/中村文香)