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佐藤信人の視点 勝者と敗者

「崩れてもいい」が一番崩れない

「マイナビABCチャンピオンシップ」では、プロ11年目の木下裕太選手が川村昌弘選手とのプレーオフを制し、ツアー初優勝を飾りました。

もともと「石橋をたたいて渡るタイプ」と父親が分析するほど慎重派であり、ピンを果敢に攻めるというよりはステディにプレーを展開していく木下選手。そんな彼の勝因はどこにあったのでしょうか。

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スポーツだけでなく、どのような分野でも“プラス思考”はプラスの影響をもたらします。ただし、ゴルフの世界では少し様子が違うように思っています。プラスばかりが良いスコアをたたき出すかと言われれば、そうではないからです。

どちらかというと私もマイナス思考派の一人ですが、ゴルフに及ぼす影響はデメリットばかりではないと思っています。常にミスショットを想定した危機回避能力や、逆境に立たされる前から心の準備をしておくことで、追い込まれにくい精神力を得られると思います。マイナスがプラスに働く特殊なスポーツ。そのように考えると、72ホール目の18番で川村選手に追いつかれた木下選手の精神状態はそれほど追い込まれていなかったように思うのです。

彼は今大会前にプロ11年目で初めてシード権を確実にしていました。9月の「トップ杯東海クラシック」で6位に入り、これまで長年背負っていた重荷を下ろすことができました。これでひとつ、大きな目標をクリア。次に芽生えた目標は、一度も経験したことのない優勝争いに加わることでした。

初めて最終日最終組をつかみとり、後半まで首位をキープしたことで、二つ目の目標もあっさりクリア。この時点で、彼にとっては優勝を果たすかどうかより、課題を終えた解放感のほうが勝っていたように思います。あとは崩れるなら崩れてもいい――彼が優勝争いの最中でも普段通り演じることができた最大の要因はこのように生まれました。

ただ、プレーオフの相手は優勝経験もある川村選手。周りからは木下選手のほうが分が悪いように映っていたかもしれませんが、正直なところ立場は五分五分。72ホールを終えた時点で、選手は一度気持ちをリセットできるからです。この時点で、有利不利というものは存在しないと思っています。逆に解放感に満たされていた分、集中力を増していたのは木下選手で、プレーをしていて楽しくて仕方なかったように思います。観客一人ひとりの顔がしっかり見えているほど落ち着いた精神状態だったと推測できるのです。

初優勝への道筋は人ぞれぞれ。高いハードルを乗り越え、必死で栄冠をつかみ、涙する選手ばかりではありません。ハードルを下げ、楽しい気分で勝機を得る選手もいます。ただ、共通して言えるのは、ゾーンに入った選手は想像を超える強さを見せ、ギャラリーを魅了するパワーを発揮するということです。(解説・佐藤信人

佐藤信人(さとう のぶひと)
1970年生まれ。ツアー通算9勝。千葉・薬園台高校卒業後、米国に渡り、陸軍士官学校を経てネバダ州立大学へ。93年に帰国してプロテストに一発合格。97年の「JCBクラシック仙台」で初優勝した。勝負強いパッティングを武器に2000年、02年と賞金王を争い、04年には欧州ツアーにも挑戦したが、その後はパッティングイップスに苦しんだ。11年の「日本オープン」では見事なカムバックで単独3位。近年はゴルフネットワークをはじめ、ゴルフ中継の解説者として活躍し、リオ五輪でも解説を務めた。16年から日本ゴルフツアー機構理事としてトーナメントセッティングにも携わる。

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