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後世に残したいゴルフ記録

プレーオフ放棄事件 安田春雄が起こしたツアー初期の珍事/残したい記録

国内男子ゴルフのツアー制度が始まった1973年より前の記録は、公式にほとんど残されていません。本連載では、ゴルフジャーナリストの武藤一彦氏が取材メモや文献により男子ツアーの前史をたどり、後世に残したい記録として紹介。前回に引き続き、ツアー初期に起きた“記憶に残る”珍事を振り返ります。

プレーオフ進出の安田春雄はいずこへ?

世に“安田春雄のプレーオフ放棄事件”と言われている。1983年3月末に行われた「KSB瀬戸内海オープン」(香川・志度CC)の史上最も奇妙な結末は、何かほのぼのとした、いかにもゴルフらしいのどかさに満ちて、目に角を立てて怒るのがはばかられる事件だったと筆者は受け止めているが、どう思われるだろうか?

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四国で初めてのツアー開催となった大会初日は、地元・新居浜商高出身で志度CCがホームコースの37歳、十亀(そがめ)賢二が6アンダー「66」の単独トップに立って盛り上がった。安田は6打の大差をつけられる展開。最終日も十亀は好調で、小豆島を望み、瀬戸内海を一望する絶景コースの主役だった。終盤17番まで通算5アンダーの単独トップ。しかし、さすがに硬くなったのか、最終ホールのパー5で2打目をチョロするなどボギーで通算4アンダーとなり、関東の雄“ガッツ安田”こと、安田とのプレーオフで雌雄を決することになった。しかし、プレーオフはついに行われなかった。

前日イーブンパー「72」で21位の安田は、最終組から7組も前で4アンダー「68」のベストスコアをマークし、通算4アンダーでホールアウトした。上位に浮上していたが、最終組が終わるまで1時間半もある。帰路の飛行便を1便早め、帰宅を急いだ。最終組の十亀がホールアウトしたときに、トップに並ぶ安田はすでに高松空港のロビーにいたのである。

「おれ、失格なの?」

プレーオフが決まって“安田やーい”と探したとき、すでに安田は空港にいることが判明した。その時、スポーツ紙記者だった筆者はプレスルームで「まずいことになった」と感じた。こうした緊急時において、関係者は自分本位になるようだ。原稿を書くにしろ、安田の談話が取れないのは困る。そこで高松空港に事情を話し、ロビーの安田に呼び出しをかけ、できれば折り返しコースに電話を入れてくれるよう頼んだ。当時、携帯電話なんて便利なものはなかった。

やがて、5分もしないうちに安田からプレスルームに電話が入った。プレーオフになった旨を伝えると驚がくし、息をのみ「どうしよう」と何回も口走った。「ホールアウトしたときは首位と4打差で、2位には2打差しかなかったが、5、6人がひしめき、オレの優勝なんか考えもしなかった。逆転なんて誰が見たってありっこなかった」

さすがにあわてていたようで、「おれ、失格なの?」「それとも始末書?」「どうしたらいいの?」と矢継ぎ早に質問。プレーオフの権利を放棄することは罰則の対象ではないけれど、ファンをがっかりさせたことはプロとして許されないだろう、そんな話をした。その後は本部役員との話となった。かくして優勝は十亀、2位に安田。プロゴルフ界では以来、優勝争いをする者は最終組がホールアウトするまでコースの外に出ない、という取り決めが常識となった。

安田は当時、プロ入り11年目の40歳。「中日クラウンズ」など国内14勝、アジアサーキット3勝。しかし、この3年間は優勝から見放されており、優勝は復活に向けて何よりのきっかけとなるはずだった。それが、日本プロゴルフ史上初めてその権利を放棄する珍事として、安田の名前が残ったのは残念だった。

今こうして原稿を書いていて、思い出したことがある。十亀の最終ホール、最後のパットは1.5mあった。もし、あのパットが入っていなければ、優勝は安田に転がり込んでいた。すると優勝者がいない表彰式が行われていたのだな、と思うとぞっとした。“タラレバ”はゴルフでは御法度(ごはっと)の忌み嫌われる慣習。余計なことは考えない方が良いと肝に銘じた。(武藤一彦)

武藤一彦(むとう・かずひこ)
1939年、東京都生まれ。ゴルフジャーナリスト。64年に報知新聞社に入社。日本ゴルフ協会広報委員会参与、日本プロゴルフ協会理事を経て、現在は日本エイジシュート・チャレンジ協会理事、夏泊ゴルフリンクス理事長を務める。ゴルフ評論家として活躍中。近著に「驚異のエージシューター田中菊雄の世界」(報知新聞社刊)など。

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