2013/04/04GDOEYE

地元をPR 新坂上ゆう子の全国行脚ツアー

仕事がある。「私、阿久根市の大使なんですよ」。出身地である鹿児島県阿久根市の“アクネ大使”に就任している新坂上。「PRしないとね」と、バイザーとキャディバッグには同市のロゴを着け、市長とは「今年は何試合
2013/06/15GDOEYE

塚田好宣は予選落ちへ「おれの目標は…」

なんか、30何年やっている。50歳でも、60歳を越えても、キャディバッグ担いで走ってる。歩くだけ(選手としてプレーする)なら、絶対にやれる」「やっていれば、いつかね。(シニアメジャーで勝った)井戸木
2013/06/23GDOEYE

吉田弓美子、シード喪失の覚悟で掴んだ勝利

と思います」。 吉田のキャディバッグには、ディズニーキャラクターのダッフィーとシェリーメイのパペットが、ヘッドカバーとして収まっている。千葉での連戦の合間には、ディズニーランドに行く計画も温めていると
2023/03/01米国女子

西郷真央は米ツアーで今季初戦 海外挑戦への思いを強く

キャディバッグも新規契約のプーマに変わり、装いを一新した。「試合になってどういう影響が出るのかわかりませんが、やってきていることは間違っていないと思う」と自らを鼓舞する。 結果がすぐに出せるとは思っていない
2023/02/23旅人ゴルファー川村昌弘

「いま僕はココにいます」Vol.162 インド編

人は彼のことを“旅人ゴルファー”と呼ぶ。川村昌弘・29歳。2012年のプロデビューから活躍の場を海の向こうに求め、キャリアで足を運んだ国と地域の数は実に70に到達した。キャディバッグとバックパックで
2012/04/11国内男子

池田勇太、目標は“年間5勝”

クラブのメンテナンスを行う選手がいた。 ウェッジのソール部分を削ったり、フェアウェイウッドの微調整を1時間以上も行っていたのは池田勇太だった。この日のプロアマ戦のスタート時に、池田のキャディバッグには20
2012/08/25国内男子

義理堅い藤本佳則 5位後退も「弱音は吐けない」

。「(キャディの)直さん、44歳っすよ。オレ、22歳。なんも重いもの(キャディバッグ)持たずに、暑いって言うてたら、さすがにキレられます。弱音は吐けない。こっちがサポートするくらいじゃないと」 5月の国内
2009/05/17UBS日本ゴルフツアー選手権 宍戸ヒルズ

日大VS東北福祉大!?男子4選手がファンと交流

商品をかき集めて持参。それぞれ試合で使用したウェアやキャディバッグ、自身が使用するモデルと同タイプのシューズなどが登場。選手たち個人の商品で集まったチャリティ金、21万円はジュニアゴルファー育成基金に
2024/08/27米国男子

コリン・モリカワのバッグとチャリティー活動

位で、ランク7位になった。 そのモリカワがプレーオフ3試合で使うキャディバッグは、GDOでもすでに紹介されているように、使用済みグローブが貼り付けられたデザイン。これはチャリティー活動のPRでも
2018/09/20旅人ゴルファー川村昌弘

「いま僕はココにいます」Vol.37 国内ぶらぶら編

、6年間のプロ生活で巡った国の数は実に30以上。キャディバッグとバックパックで世界を飛び回る渡り鳥の経路を追っていこう。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ プロゴルファーの川村昌弘です。 いま僕は
2018/10/07国内女子

韓国で受けた衝撃 2勝目へ新垣比菜の成長

スコアでコルダを上回った。「海外のほかの選手も、飛距離が出なくてもスコアを出しているなと思った」と自信になった。 長年イ・ボミ(韓国)の相棒だった清水キャディには、6月の国内ツアーで初めてキャディバッグを
2018/05/03ワールドレディスサロンパス杯

母国ファンクラブは1500人 イ・ジョンウン“6”の正体

「ラッキーシックス」がある。自身は親しみを込めて「シックス」と呼ばれ、ボールやキャディバッグにも6の文字が入る。日本のギャラリーからも「シックスと呼んでもらいたい」とほほ笑んだ。 「6はもともと好きな数字
2018/04/26旅人ゴルファー川村昌弘

「いま僕はココにいます」Vol.31中国編

、6年間のプロ生活で巡った国の数は実に30以上。キャディバッグとバックパックで世界を飛び回る渡り鳥の経路を追っていこう。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ プロゴルファーの川村昌弘です。 いま僕は
2018/04/13国内男子

旅人ゴルファー川村昌弘 “氷河期”脱出に自信

“地元”と感じさせないのが川村のライフスタイル。2月はブルネイでアジアの下部ツアー(ADT)などに出場し、その後は欧州に飛んだ。「キャディバッグは“バンコクに置いて行きました”」という、およそ日本人らしく
2021/08/27国内男子

24年前の夏 藤田寛之は日傘をさして怒られた

。 「プロでさしていたのは自分くらいで。そういう時代だったんです。日傘恐怖症になった…というのはウソで、きょうも(キャディバッグに)日傘は入れてますけど。でも、ちょっとトラウマはあります。とくにこの