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30年前のニクラス復活劇
ひと組後ろのトミー中嶋は何を見た？

今から30年前、1986年の「マスターズ」は世界のゴルフ史において特別な輝きを放つ大会となった。主役はジャック・ニクラスだ。その年、ニクラスは自身通算６着目となるグリーンジャケットを大会史上最年長の46歳２ヵ月23日で獲得した。

その前年、ニクラスは「全米オープン」「全英オープン」で連続して予選落ち。「マスターズ」優勝は1975年が最後で、1981年以降はメジャータイトルからも遠ざかっており、“ニクラスは終わっている”という下馬評がささやかれても、仕方のない空気だった。

フィールドには、セベ・バレステロス（スペイン）、トム・カイト、グレッグ・ノーマン（オーストラリア）、ニック・プライス（ジンバブエ）、トム・ワトソン、中嶋常幸といった強豪がひしめき、最終日は首位のノーマンを４打差で追いかけて始まった。

静かな序盤から動きが見えたのは、アーメンコーナーに差し掛かる手前だった。９番、10番、11番と３連続バーディを奪って、５アンダーへ。だが、続く12番（パー３）で２ｍ弱のパーパットがスパイクマークに蹴られてボギーとした。

ニクラスは言う。「あれは、これまで外した中で一番意味のある２ｍ弱のパットだった。もしあのパットを決めていたら、ずっと緊張が続いていたと思うから」。

13番（パー５）できっちりとバーディを奪い返し、14番はパー。だが、２組後ろで回るバレステロスが13番でイーグルを奪い通算９アンダーとして、ニクラスとの差は４打になった。やはり、“ニクラス復活”は夢に終わるのかと思われたが、15番（パー５）から、オーガスタ全体を巻き込んだドラマが始まった。

フェアウェイから残り204ydを４Ｉで４ｍ弱に２オンさせたニクラスは、これを沈めてイーグル奪取。CBSのアナウンサーは「争いに加わった。なんてことだ。年老いた熊はまだ死んでいない」とコメント。通算７アンダーとして、首位のバレステロスに２打差とした。

続く16番（パー３）はニクラス得意のホール。５Ｉのスリークォーターショットでピンをかすめて90cmにピタリとつけると、グリーンを取り囲んだパトロンたちはスタンディングオベーションでニクラスを出迎えた。その歓声はひとつ後ろの15番グリーンで１ｍもないバーディパットを打とうとしていた中嶋を思いとどまらせるほどだった。

「見たら、ニクラスが16番でホールインワンしそうになったショットを打って、ティからグリーンまで“ウォー”って拍手でしょ。当然、そのパットを入れたらまた“ウォー”ってなるわけじゃない。そうすると、地面が揺れる感じがするんだよ。揺れる感じがあるから、これを打たないでマークして、ニクラスが16番でバーディを獲ったあとにこれを入れたの」と中嶋は振り返る。

このバーディで通算８アンダーとしてバレステロスに１打差と迫ると、TVは「これで疑う余地はない。熊は冬眠から目覚めた」と実況した。

このうねりに飲み込まれたのは、バレステロスも同様だった。15番（パー５）で、フェアウェイから打った４Iでの２打目を、あろうことか引っ掛けてグリーン手前の池へと打ち込んでしまう。痛恨のボギーで通算８アンダーへと後退し、同ホールをバーディとしたカイトとともに、ニクラスを含む３人が首位に並んだ。

迎えた17番は、左手でパターを掲げるニクラスの写真で有名だ。３ｍ強のバーディパットを沈めたニクラスが通算９アンダーとして、ついに単独首位に立った場面。両手でガッツポーズを作ったニクラスに、「イエス、サー！」と叫んだアナウンサーの声が重なった。

最後まで追いすがったのは、カイトとノーマンの２人だった。だが、カイトは18番でプレーオフ進出の掛かったバーディパットを決めきれず、またノーマンは、14番からの４連続バーディでニクラスを捉えたが、最終18番で２打目を右のパトロンの間へと打ち込んでボギーとし、ともに１打届かなかった。

「あの86年は本当に素晴らしかった」と中嶋は言う。「ゴルフの歓声で、こんなにすごい歓声があるんだというのを初めて体験できた。あの感じは、その前にも後にも一度もない。地元の飛行場で、（乗客が結果を知りたがって）飛行機が離陸するのを待っていたというんだから。ニクラスの優勝が決まったあとに、定刻をはるかに過ぎて飛び立っていったんだから」。

この日、ニクラスは史上最多となるメジャー大会18勝目。最終日は７アンダー「65」、バックナインは当時の９ホール記録に並ぶ「30」で駆け抜けた。