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もう勝ちたくない!? チャンピオンズディナーの緊張と感動/松山英樹 2022年末インタビュー(1)

2022年は松山英樹にとってプロ転向から節目の10年目だった。年明けの「ソニーオープンinハワイ」でアジア出身選手として最多となる通算8勝目をマーク。一方で故障にも苦しめられた一年を、単独インタビューで3回にわたって振り返る。前編は前年王者として出場した4月「マスターズ」の開幕2日前、日本人では初めて出席したチャンピオンズディナーの内幕と感動を明かした。

クラブルームへようこそ

マスターズ史上4人目の連覇のかかったオーガスタでの戦いを、松山は今年、これまで出場してきた10回とは全く違う心境で迎えた。

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「緊張しかしていなかった」。そう振り返るのは、開幕を2日後に控えた火曜日、歴代王者がグリーンジャケット姿で集う恒例のチャンピオンズディナーがあったから。「自分のゴルフの状態を上げて、ディフェンディングとしてもう一回勝ちたいと思った」とモチベーションは高くあっても、夕食会への心配が消えることはなかった。

「ディナーの時間がずっと気になって。スケジュールは出ていたけれど、いつどこで呼ばれるか分からない。遅れるわけにはいかないし、早く行きすぎても『アメリカ的には、ここからこの時間は、おしゃべりする時間だよな…』なんて考えて。英語で十分なコミュニケーションを取れないから、そんなことしか考えていなかった」

“Welcome to the club.”

1年前、アダム・スコット(オーストラリア)がくれた祝福のメッセージ。オーガスタナショナルGCの白亜のクラブハウス内部にあるマスターズクラブルーム。「プライベート」と刻まれた扉の向こうに広がる一室こそが、夕食会の会場だった。その日の練習と公式会見を終え、日が傾き始めた頃にディナーはスタートした。

前年優勝者がメニューを決め、当地のシェフによる料理を振る舞うのがしきたり。チャンピオンたちの郷土料理などが並ぶ皿上に、松山は日本人の誇りを載せた。

・前菜/すしと刺身の盛り合わせ(サーモン、メバチマグロ、ブリ、エビ、鰻)、焼き鳥
・メイン/タラの西京焼 だし汁を添えて、宮崎和牛(A5ランクの和牛リブアイステーキ、マッシュルームと野菜添え、山椒とおろしポン酢)
・デザート/ストロベリーショートケーキ、あまおうとホイップクリームのスポンジケーキ

「すし、刺身と宮崎牛を出すことは勝ったときから決めていました。(日本ツアーの)ダンロップフェニックスで来日した選手たちが何人かチャンピオンズディナーにも出席していて、宮崎牛を知っている。タイガー・ウッズジョーダン・スピース…。日本のお肉はおいしいと話していたから、きっと喜んでくれると思った。魚も素晴らしいものを出したいと思って、人づてに豊洲市場の仲卸『やま幸(やまゆき)』さんを紹介していただいて、取り寄せてもらった」

不安がないわけではなかった。あらゆる国のスター選手の舌は肥えているに違いない。ホスト役であるディフェンディングチャンピオンの座席は長テーブルの端。

「僕の周りにはチェアマン(フレッド・リドリー氏)、ベン・クレンショートム・ワトソンサンディ・ライルといった重鎮ばかり。彼らは料理を『最高だ』と言ってくれていた。でも、1つの長いテーブルをみんなで囲んでいたので、遠い人は20mくらい離れていた。彼らには実際、どう思われているか分からなくて…」

杞憂だったことは、しばらくしてから周りの反応で分かった。「思い出す限りで最高のディナーだった。素晴らしい仲間たちとの会話があり、そして食事が衝撃的だった!」と記したジャック・ニクラスをはじめ、出席した選手のSNSにはその後、絶賛の言葉が並んだ。

「うれしかった。料理人の方ってこういう気持ちなのかなって思いました。僕はその世界を知らないけれど、料理を提供して『美味しい』と言ってくれたり、喜んでいる姿や反応を見たり、聞いたりするとこういう気持ちになるのかなと」

緊張の英語スピーチ

チャンピオンたちが舌鼓を打ったディナータイム。ただし、松山本人の舌の記憶は少々あいまいだ。「食べたけれど、そこまで(味を)覚えていなくて。それどころじゃなかった(笑)」

ナーバスになっていた理由はその後のスピーチにあった。長年、通訳を務めてきたボブ・ターナー氏には以前から「通訳はディナー会場に入れない」と言われていた。

「『終わったな…』と思いました(笑)。英語で話さないといけない。まあ、でも本当に短い言葉で、ひとこと、ふたことでも、まあ、みんな許してくれるかな…と。僕が英語ができないこと、しゃべれないことは全員が知っている」

「でも…やっぱり、チャンピオンズディナー。しっかりしないといけないんだろうなと悩んでいた。だから、2月の試合だったかな。『ボブさん、やっぱり英語でスピーチをしようと思う。僕が伝えたいことを訳して、教えてほしい』と伝えた。できるだけ易しい単語にしてもらって」

翻訳を頼み、“台本”ができたのは過去に2勝した「WMフェニックスオープン」の期間中だった。

「ホテルなんかで練習して、1週間後には丸暗記できた。簡単な言葉だったし、そもそも自分が伝えたいことだから。でも、どうしても(発音で)“詰まる”部分があって。ボブさんの前で何回も練習したけれど、詰まるところはいつも一緒。(本番では)一回詰まったら、絶対に(台詞が)“飛んで”しまう…。覚えても、しっかりした発音で話すのは難しいな…と」

本職のゴルフはというと当時、何度か発症した首痛の影響で出場すら危ぶまれる状態にあったが、裏ではこのスピーチの練習を欠かしていなかった。

「しかも本番の前の日に分かったことがあった。スピーチはディナーの前にするものだと思っていたら、ディナーの後だった。最後に“Enjoy the dinner.(食事をお楽しみください)”と言う予定だったのに! その前までのスピーチで頭がいっぱいだったのに、最後に締めの言葉が変わるとは思わなかった(笑)。本番になったら、それまでみんな談笑していたのが、スピーチの時間になってシーンとなって…。でも『もう、やるしかない。覚えてきたことを、信じて話すしかない!』って」

人前で話すことが苦手な性分。しかも外国語という高いハードルがありながら、松山がチャンピオンたちに伝えたかったこととは何だったのか。

『僕は英語で話すのが苦手です。だから、皆さんどうかヘルプしてください。今は去年のサンデーバックナインよりも緊張していますが、皆さんと同じこの場所にいられて最高の気分です。自分が小さい頃、毎朝5時に起きてテレビで見ていたマスターズ。1997年のタイガーの優勝を見て、いつか自分も…と夢を見てきました。(アマチュア時代に)アジアパシフィックアマチュア選手権で優勝して、オーガスタに招待してくださった皆さん、前チェアマン(ビリー・ペイン氏)にも感謝しています。(中略)最後に、ここにいることが夢のようです』

いざという時のため、ポケットに忍ばせていたメモは結局、最後まで見ることはなかった。

「ボブさんは、最初に『皆さん、ヘルプしてください』と言えばきっと笑いが起こるから、と話してくれていた。スベったらどうしよう…と思ったけど、ホントにクスクスとみんな笑ってくれて、良かった、良かった…と。『サンデーバックナインよりも緊張している』と言ったところで、もっと笑ってくれた」

「自己評価? 意外とちゃんとしゃべれたかなあ。緊張したけれど、(スピーチの最中に)遠くの席で座っていたアダム(スコット)の顔が見えたんです。『うん、うん』とうなずいてくれて、皆が『伝えたいことを理解できているよ』という仕草をしてくれた。『コイツ、なに言ってんだ?』という雰囲気だったら、(台詞が)飛んでいたはず」

2時間強のディナーの締めくくりは、予想していなかったスタンディングオベーションになった。

「スピーチの最後に皆が拍手をくれた。鳥肌が立った。最初に立ち上がったのがジャック(ニクラス)だったと思う。そばにいたタイガー、その近くにいた選手たちが(次々と)立ってくれて。そうなったら皆やるしかないですよね(笑)。ああ、良かった…ホッとした。そう言ったら、まためちゃくちゃ笑ってくれました」

ディフェンディングチャンピオンとしての大役を終えて思う。初めての英語スピーチは「イヤな緊張感。パターのイップスが出るくらいの緊張感」だった。松山は来年以降も生涯にわたってディナーに参加する。

「あの部屋に入れること、空間にいられることが本当にうれしい。うれしいけれど…スピーチはもう“御免”。マスターズにもう一度、勝ちたいという気持ちが9割9分。でも、スピーチがあるって考えるとちょっとイヤだという…。こればっかりは難しい(笑)」

(聞き手・構成/桂川洋一)

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