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2007/08/02独占インタビュー

上田桃子 周りの人に支えられて、世界に羽ばたきたい

インタビューを試みた。 「上田桃子 ―進化する―」 ツアーフル参戦2年目の今年、地元熊本で行われた「ライフカードレディス」で初優勝を飾り、「リゾートトラストレディス」「スタンレーレディス」と早くも
2008/07/28独占インタビュー

櫻井有希 世界を旅する19歳 欧州ツアー武者修行

オーストラリアで初賞金「たった、これだけ!?」 国内ツアーが束の間のシーズンオフに入った今年1月、櫻井有希は南半球のオーストラリアに居た。場所はメルボルンにあるキングストンヒースGC。「オーストラリアンオープン」のマンデートーナメント(予選会)に落選し、ウェイティング順位2番で待機していた櫻井が、この試合に出られると聞いたのは、最終組がスタートするわずか数十分前のこと。スタートまでのわずかな時間でキャディを探し、櫻井は今年初めての試合に緊張しながら、1番ティへと向かった。 思えば、昨年末は散々だった。不調の中挑んだプロテストの不合格は仕方ないとしても、手ごたえを感じていた秋のQTで、まさかの1...
2012/01/19独占インタビュー

「自然にゴルフと出会って・・・」桒原えりかのナチュラルスタイル

Q.ゴルフを始めたきっかけを教えて下さい。 A.父の仕事の都合でイギリスで生活していましたが、8歳から11歳の時に転勤でフランスに移りました。両親はイギリスにいたころからゴルフをしていましたが、フランスに移ってからは近くにゴルフ場があったので、両親がプレーをしている間、当時ゴルフができなかった私をスクールに入れたんです。そこではたくさんの友達もでき、ゴルフだけじゃなくて、いつの間にかそこで過ごす時間が増え、自然とゴルフに出会ったという感じですね。 Q.これまでのゴルフ経歴は?欧州女子ツアーにも参戦していましたね? A.正確には参戦とまではいかなかったのですが、欧州女子ツアーのQTを受けて1次...
2007/04/19独占インタビュー

辻村明須香 ビジュアル系からの脱却を目指して

「嬉しいですね、一番嫌な事だったから」 2007年の国内女子ゴルフツアー開幕戦「ダイキンオーキッドレディス」で、米山みどりとプレーオフまで優勝を争ったが、あと一歩のところで惜しくも初優勝を逃した辻村明須香(24)。 170cmのスラリとした長身とその美貌で、観戦する多くの人々に新鮮な印象を残したに違いない。これまでも、いわゆるビジュアル系ゴルファーとして雑誌のグラビアなどに取り上げられていたが、本人にとってそれは「あまり好きな仕事じゃなかった」そうだ。 「やっぱり、ゴルフが本業なので」。だが、ダイキンでの優勝争い以降、ゴルフに関する取材が多くなった。「嬉しいです、一番嫌な事だったから」。外見...
2007/09/20独占インタビュー

佐伯三貴 私がプロになろうと思った瞬間

佐伯はアマチュア時代には中国女子アマや全国高等学校ゴルフ選手権を制し、ナショナルチームメンバーにも選出された逸材。宮里や横峯らの1年年上で、ツアーデビューこそ遅かったものの、その実力は高い評価を得ている彼女の“原点”に迫った。 佐伯の少女時代はゴルフと共にあった。 当時、(男子ツアーの白竜湖オープンを立ち上げるなど、)広島ゴルフ界の盟主と言われた祖父・田中金蔵氏の影響で、自宅には青木功やジャンボ尾崎、海老原清治、飯合肇といったプロ達が頻繁に出入りした。父の佐伯行生氏も、アマチュア競技では上位入賞の常連。物心ついた少女が傍らにあったゴルフクラブを握るのは、至極当然の流れだった。 ――ゴルフを...
2007/04/25独占インタビュー

田中秀道 米国から日本、そして…

ツアー10勝の実績を引っさげ、身長166センチの小柄な日本人プレーヤーが男子ゴルフ最高峰の舞台、PGAツアーに参戦した 2001年。以降、5年もの間シード権を保持し続けた田中秀道(36)は、6年の時を経て日本ツアーに本格参戦する。6年前に比べ、ツアーを取り巻く状況、自分自身の身体、そして自身が置かれている立場も大きく変化した。その中で臨む、シーズン開幕。心境は、いかなるものなのだろうか。 「今はすごく不安ですよ・・・」 田中の口から出たこの一言が、すべてを物語っていた。 「今は、良い状態とはほど遠いとは思います。ちょっと下手糞な状態なので、上手くなれるように、少しずつ調子を上げていきたいと...
2007/03/29独占インタビュー

いざアメリカへ 新女王・大山志保が世界に挑む!

「Dream comes true」 6年に及ぶ長きにわたって女子ゴルフ界に君臨してきた女王・不動裕理に代わって、06年、遂に念願の賞金女王のタイトルを獲得した大山志保。昨シーズンは8月の月間3勝を含む年間5勝を挙げ、獲得賞金は女子選手としては史上初めて1.5億円を突破するなど、飛躍の1年となった。 07年、日本女子プロゴルフ協会のメンバーズガイドは慣例に従って前年度賞金女王の大山が表紙を飾った。出来上がった冊子を本人に見せると、「みんなの手に渡ると思うと、ちょっと恥ずかしいですね」とはにかんだ新女王。「でも、賞金女王にならないと表紙にはなれないので、嬉しいです」。最後はいつもの人懐っこい笑...
2007/11/08独占インタビュー

小田孔明 未知数の実力を秘めた、未完の大器

手嶋多一との出会い 小田のゴルフとの出会いは、小学校1年生のころに訪れた。当時クラブも握ったことがなかった小田は、手嶋多一の実家が経営する福岡県のゴルフ練習場にたまたま父親に連れられ、練習に打ち込む手島の姿を見た。「中学生くらいの多一さんを見て、それまでゴルフがまったく分からなかった僕が見ても“上手いなあ”と思いました」と心奪われたという。そんな小田を見た手嶋の父親からゴルフを勧められ、「それじゃあ、やってみようかなと。親父にゴルフを真剣にやるかと聞かれて、“やる!”と答えたのが始まりですね」 そして、単にゴルフに興味を示しただけの小学生には想像も及ばない、父・憲翁さんとのマンツーマンによる“...
2007/11/15独占インタビュー

諸見里しのぶ 「全米女子オープン」プロになって初めて勝ちたいと思いました。

「左打ちをやってみなよ」当たりもしなかったです… ―― 昨年は日米両ツアーのシード権を獲得し、日本ではプロ初優勝も挙げましたが、慣れない移動など苦労したことも多かったのではないですか? 「はい、大変でした(笑)。でも、プロの試合に出始めてからは毎年大変です。どちらかというと、ゴルフ以外の事で苦労している方が多いですね。週刊誌に叩かれたり、マネジメントの事だったり…。毎年スケールアップして、色んな事件が出てくる感じですね(笑)」。 ―― そういった事は、ゴルフにも影響する? 「それはないです。去年も今年もゴルフにおいて大きな変化はないですね。慣れる事もないですが、それを受け入れる事は出来る様に...
2007/09/28独占インタビュー

横田真一 選手会長がシード落ち・・・その屈辱を跳ね除け復活を狙う横田に迫る!

1997年9月、プロ入り3年目のシーズンを迎えた横田真一が、札幌ゴルフゴルフ倶楽部輪厚コースでの「全日空オープン」で、2万人を超える大観衆の声援を受けツアー初優勝。あれから10年・・・。思い出の地、輪厚コースをラウンドしながら、昨年経験したシード落ちのことなど現在の心境を語ってもらった。 もしもゴルフがダメだったら・・・。堅実かつ慎重な性格は子供のころから ――月並みですがゴルフを始めたきっかけは? 「8歳のときに初めて父親にクラブを買ってもらって、小学校の2年生くらいから、父の練習について行ってました。3年生のときにジュニア用のハーフセットを買ってもらい、4年生でショートコースデビュー、6...
2007/10/25独占インタビュー

飯島茜 意気込んでも変らない。ライバルは自分です。

悪くなったときはビデオとドリル。道具を使って色々な動きの確認をします。 ―― 最初に、ゴルフとの出会いについて教えてください。 「初めて練習場に行ったのは、幼稚園の時です。小学5年になったら、週一回習い事のような感じで練習場に通うようになりました。でも、当時は部活でバスケをやっていて、みんなとやっている方が楽しいので、その1時間の練習が苦痛でしたね」。 ―― 本格的にやり出したのは? 「初めて試合に出たのは中1です。練習は週3回位でしたね。中2の時にレッドベター・カップという試合に出て、高校生もいる中でプレーオフに残って2位。それまでは『89』とか叩いていたのに、その試合は『75』で回れたん...
2017/12/22米国男子

「流れが来なくても勝てる選手に」 松山英樹2017年末インタビュー(4)

松山英樹の世界ランキングは2017年、一時2位まで浮上した。2016-17年のPGAツアーの年間ポイントレース(フェデックスカップ)は、レギュラーシーズンを終えた段階で1位だった。いまや押しも押されもせぬタレントのひとりとして、その存在感は際立っている。 上達しているとはいえ、英会話の未熟な松山をどう描くか、というのは海外のメディアにとっては至難の業である。その中でも「ヒデキ・マツヤマはこういう選手である」という特徴についての表現は、いくつかのポイントで定着したと言っていい。 ショットを打った直後、クラブから片手を離すシーン。大きなミスをしたように見えて、ボールがフェアウェイにあったり、グリー...
2017/12/21米国男子

日米首脳ゴルフの舞台裏 松山英樹2017年末インタビュー(3)

「僕は変化することに躊躇(ちゅうちょ)するタイプ。スイングやゴルフの技術に関すること以外については…。例えばスタート前の練習の順番だったり、ルーティン化されているものを変える勇気がない」 松山英樹は自分をそう分析する。ただし2017年は、PGAツアーでの振る舞いとは別のところで変化があった。 もちろん結婚し、第一子が誕生して新しい家族ができたのもそのひとつ。ただ、そこについては「何も変わらないですよ。いままでもそうですし。特段、変わったことはないんですよね。(周囲に)ビックリはされましたけど」と冷静だ。 むしろ松山にとっては、新たに芽生えた仲間意識が戦いぶりに好影響を与えたように思う。39歳の...
2003/10/17米国女子

インタビューの裏側

「原文を見てもらいたかった」ジャン・スティーブンソンがニュースメーカーズの取材で述べたことが扇動的ではあったが、11月号のゴルフ・マガジンに掲載されたQ&Aの原文ほどではないと、インタビューを行った…
2017/12/19米国男子

「すべてを無駄にした」オーガスタ3日目 松山英樹2017年末インタビュー(1)

12月3日、バハマで今年最後のゲームを終えた松山英樹は、その日の夕方にはキャディ、トレーナーとチャーター機に乗り込み、フロリダ・オーランドの自宅に戻った。米欧と日本で25試合に出場した一年の長い戦いを締めくくり、仲間たちと互いの労をねぎらうのもそこそこに、翌朝には近隣のコースに出て18ホールのプライベートラウンドを楽しんだ。 寝ても覚めても、ゴルフである。 2017年はPGAツアーで2勝を挙げた。丸山茂樹と自身が持っていた日本人の通算での最多勝利数を塗り替え、「5」に伸ばした。6月のメジャー「全米オープン」で2位に入り、ダスティン・ジョンソンに次ぐ世界ランキング2位まで上り詰めた。(12月17...
2002/04/15米国男子

丸山茂樹インタビュー

インタビュー 丸山茂樹)谷口君が昨日70を出したので、今日はそれを目標にやったんですが。 昨日ヤーテージブックを見ながら寝る時に、今日は絶対ピンをたくさん狙っていくと決めてやれたのがよかったなと…